Living Room

 十月も半分ほど過ぎたある日の、外部太陽系戦士四人の暮らす家。そのダイニングテーブルで、はるか、みちる、ほたるの三人が、悩ましげに顔を突き合わせていた。はるかは腕を組み、みちるは頬に手を当て、ほたるはそんな二人を交互に見比べながら、自身も困ったような顔つきだ。


 実のところ三人は、もう小一時間ほどこうやって三人で頭を悩ませていた。三人の前に置かれたティーカップには、最初はそれぞれ温かいハーブティが淹れられていたが、はるかのカップはとっくに飲み干されて空になっていたし、みちるとほたるのカップの中身は多少残っていたものの、すっかり冷めてしまっていた。


「せつな、研究で忙しそうだしさ。部屋で使えるデスクとか。どうかな」

「そうねえ……せつな、いつもここでパソコン広げているものね。でもちょっと実用的すぎる気もするわ」


 はるかとみちるはそれぞれ意見を口にするが、珍しく二人共自信のなさそうな口ぶりだった。


「やっぱり……せつなママに聞いてみるのが一番なんじゃないかな」


「私に何を聞くんです?」


 ほたるが口を開いた瞬間、重ねるように低く艶のある声が響いた。まさしく今三人が話題にしていたせつなだ。三人は思わずはっとした顔でそちらを見た。

 せつなは三人の表情を見て、おや、と立ち止まる。それから少し申し訳無さそうに眉尻を下げた。

「お邪魔でしたか」

「あ、いや。そうじゃないんだ」

 はるかはそう弁解をして、みちるとほたるにちらりと目配せをした。二人が頷いたのを見て、また口を開く。


「あー。せつな、すまない。本当はサプライズなんてのもいいかなと思って考えていたんだけど、やっぱり君の要望は聞いておきたくて」

 はるかがそこで言葉を切り、ほたるの方を見た。ほたるが頷いて、その先を続ける。

「せつなママ。誕生日プレゼント、何がいい?」


 ほたるの言葉に、せつなは不意を突かれたような顔をした。


「え……プレゼント、ですか」

「そうよ。せつな、あまり何か欲しがるようなことがないから、私たち毎年悩んでしまうの……まあ、あなたを思って考える時間は楽しいからいいのだけど」


 みちるが困ったようにくすりと笑い、それからせつなに手招きをした。


 せつなは三人の表情を順に見比べ、それからみちるに従って三人のいるテーブルに近づいていった。

「そんな……私は気持ちだけでも」

 せつなはいつも自分が着席する椅子を引きながらそう言いかけたが、三人の表情を見て口を噤む。三人がそう言って引くことはないだろうというのは、容易に見て取れた。今ここでプレゼントを断っても、彼女たちはまた頭を悩ませながらプレゼントを考えてくれるのだろう。それであればむしろ何か希望を伝えたほうが考えやすいかもしれない。


 とは言え、せつなの頭にはすぐに思いつくものは何もなかった。


 うつむいて迷うせつなに、はるかが言った。

「今話していたんだけどさ、君はこの時代にいる間は研究者だし、ちゃんとしたデスクがあってもいいと思わないか?」

「でもそれだと実用的すぎるからって」

「だからやっぱり、せつなママの欲しい物を聞きたくて」

 はるかの言葉に重ねるように二人が続け、せつなは思わず頬を緩ませてしまった。三者がそれぞれに自分を思ってくれる気持ちに、思わず心の中がぽっと温かくなる気がする。


「そうですね……デスク」


 せつなは一度うーんと考えてみてから、頬に手を当て、三人に順番に視線を移した。


 はるか。

 みちる。

 ほたる。


 そうして三人に視線を巡らせてから、せつなはそうだ、となにかを思いついたように一つうなずき、にっこりと微笑む。


「わかりました。では、私の欲しいものをみなさんで叶えていただけますか?」




 せつなの誕生日の当日、せつな以外の三人は先日顔を突き合わせたダイニングテーブルに再び集合していた。

 せつなからは三人にそれぞれ、『欲しいもの』が伝えられていた。


「ほたる、何を持ってきたんだ?」

 外出したせつなが戻る前にお祝いの準備をしようとリビングに集まった三人は、それぞれがせつなに頼まれたものを持ってきていた。


「えーっと、マット……かな? これくらいのサイズで四枚、ちびうさちゃんと一緒に好きな布を使って縫って欲しいって頼まれたの」


 ほたるはテーブルに四枚の布を広げた。それぞれが違う色を二枚重ねて縫ってあり、黄色と紺、紺と深緑、紫とダークレッド、チャコールとチョコレート色、と、シックな色合いながら華やかさがある組み合わせだった。


「まあ、素敵ね。ここに並べるとランチョンマットみたい」


 みちるが微笑んで、それらを並べたテーブルの上にフラワーベースに生けた花を置いた。

「私はこれ。頼まれなくてもお花は買うつもりだったのだけど、新しい花瓶も頼まれたから、合わせて買ってみたわ」

 真新しいフラワーベースは、華やかに食卓を彩った。


「はるかは?」

 尋ねられて、はるかはぴっと人差し指を立てて上を指した。みちるとほたるの視線が自然と上を向く。

「僕はもう、セッティングしてあるんだ」

「まあ」

 二人の視線が捉えたのは、新しい照明だった。これまでは、この家を借りる際に備え付けられていたものをそのまま使っていて、それでも十分部屋に合っていたし問題はなかった。

 はるかがセッティングした照明は、傘部分がステンドグラスのような透けたカラフルなガラスでできていて、ライトを点けると部屋の壁にカラフルな光があたって複雑な模様を描いていた。


「きれいな色!」

「だろ?」

 ほたるが思わず声を上げる。はるかはぱちんとウインクをした。



「……さて」


 三人の手で用意された料理も並んだ。主役のせつなさえここに来れば、誕生会の準備は完了だ。

 三人が手持ち無沙汰になり、時計を見てせつなの帰りはそろそろかと待ちわびていた頃、玄関で物音がした。

「すみません。戻りました」

 三人が出迎えるとそこには、今日の主賓であるせつなが紙袋を手に帰宅していた。

「おかえり、せつな」

 コートを脱ぎ、リビングにやってきたせつなを急かすように、ほたるが背中を押す。

「せつなママ、もう準備はできてるよ」

「言われたプレゼントも買ってきたわ」

 ダイニングテーブルを前にしたせつなは、そこに揃ったものを見てハッと目を輝かせた。

「ありがとうございます。……では」

 せつなはふう、とひとつ息をつき、数日前と同じように、三人の顔を順番に見ながら言った。

「最後にもう一つだけ。……三人とも、席についてもらっていいでしょうか」

 改めて言われた言葉に、キョトンとした様子で三人は目を見合わせた。しかし、さあ、とせつなに促され、それぞれが席につく。せつなもいそいそと席についた。

 三人が席についたダイニングテーブルを見て、せつなは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。私の欲しかったものが揃いました」

「欲しかったものって……これのこと?」


 ほたるは自らの前に置かれたランチョンマット、それからみちるとはるかが用意した花と照明にそれぞれ視線を向けて、せつなに聞いた。せつなは軽くはにかみ、褐色の頬をほんのりと染める。


「そうですね、『もの』が欲しかったと言うよりは……この空間、といいますか」

「くうかん?」

 せつなはほたるに微笑んで頷きながら、やや恥ずかしそうに口を開いた。

「実は、その……前からリビングルーム、というものに憧れていて」

 三人の視線を浴びながら、せつなは目の前のランチョンマットを手に取り、愛おしげに眺めながら続けた。

「食事のためだけじゃなく、ただなんとなく集まるのに居心地のいい場所がほしかった……と言いますか」

「なるほど」

 はるかが納得したように頷いた。

「それで、ここに皆からもらったものがあればいいなと思って、お願いしました」

 せつなの言葉に、みちるも微笑んで尋ねた。

「せつながいつもここでパソコンを広げていたのって、もしかして」

 みちるに問われると、せつなはふふっと微笑む。

「ええ。皆が集まるここにいるのが好きだったので」

 せつなの言葉に、そこにいる皆の表情が自然と緩む。

 

「それで、私からもこれを」

 せつなは、席の傍に置いてあった紙袋を手にした。先程帰宅した際に持っていたものだ。中からチェック柄のクッションを取り出す。

「ソファに置きましょう」

 せつなからクッションを受け取り、はるかが言った。

「そりゃいいや。これでいつでもここで寝られるよ」

「はるか。これからの時期にそんなことをしたら風邪引くわよ」

 みちるがすかさずはるかを窘め、ほたるが笑い声を上げる。せつなはその様子を見て満足げに微笑んでいた。


 せつなの買ったクッションがはるかの手によってソファにセッティングされたあと、みちるはテーブルにグラスを出し、飲み物を注いだ。全員が目配せをしてグラスを掲げる。


「じゃあ、プレゼントもそろったことだし。せつな」

 はるかの合図で、全員のグラスが中央に揃った。



「ハッピーバースデー!!」





 ……さて、この後久しぶりのお酒を飲んだせつなが、自分が購入したクッションを真っ先に使うことになるのだが、それはまた別の話。