immoral
訳ありな家族
ピーンポーン
大きな家に構えられた呼び鈴を鳴らし、私はドアの前で背筋を伸ばして待っていた。今日出て来るのは、テンオウ様か、カイオウ様か、メイオウ様か……あるいは、一緒に住んでいるという可愛らしい女の子だろうか。
誰が出てきても良いよう心の準備をして待っていたが、一向に出てくる気配がない。もう一度呼び鈴を鳴らし、それでも反応がないことを確認した私は、鞄から鍵を取り出した。
「呼び出して応答がなければ、この鍵を使ってくれていい」
テンオウ様にそう言われて渡された鍵だが、ここに通い始めて数ヶ月ほど、まだこれを使う機会はなかった。使って良いと言われて渡されたとは言え、いざ使うとなると緊張する。かと言って、これを使わないことで仕事に遅れが出れば、後でお叱りを受けるかもしれない。
私は一度深呼吸をしてから、重厚なドアに鍵を差し込んだ。ガチャリ、と鍵が外れる音がして、私はゆっくりとドアを開ける。
「失礼します。お仕事に参りました。上がらせていただきます」
しんとした廊下に向かって一声掛け、耳を澄ますが、何も聞こえない。どうやら留守らしい。私は胸がドキドキと鳴るのを抑えながら、誰もいない空間に向かって一礼し、靴を脱いで室内に上がった。
海王財閥のハウスキーピングサービスの仕事に就いてから私が派遣されるようになったのは、海王家の本邸ではなくその親族の住む邸宅だった。てっきり本邸で直接仕事をするものと思っていたから拍子抜けしたけれど、こちらも本邸に負けず劣らずの豪邸で、たったの四人で暮らしているとは思えない広さだ。
暮らしている四人というのが、また一風変わっていた。全員女性で、そのうち一人の小さな子どもも含めて美女揃い。大人の三人は皆、ヒールを履かなくても私より十五センチ以上は身長が高く、モデルと見まごうほどのスタイルの良さだった。
そしてどうやら、全員が赤の他人同士らしい。それぞれ名字が違っているからというのもあるが、会話の端々からその様子が感じ取れたのだ。ホタル、と呼ばれる例の女の子ですら、彼女たち三人のいずれかの子どもというわけではないようだ。ルームシェア、というやつなのかもしれないが、少し訳ありな雰囲気もある。
とは言え、詮索はご法度だ。海王家の仕事は、ハウスキーピングサービスのみならず、軒並み採用基準が高く、そうそう採用してもらえるものではない。通常業務のレベルの高さ、研修の厳しさはもちろん、守秘義務に違反したときの処罰の重さも段違いだ。その分報酬は高くやりがいもあるが、仕事には常に緊張感が付き纏う。
幸い、『訳あり』に見える四人は、私の仕事ぶりを評価してくれていて、ここ数ヶ月である程度の信頼も得ることができた。これからも問題がなければ、ここで仕事を続けさせてもらえるだろう。
私の主な仕事は、掃除。目につく範囲やよく使うエリアは住人である彼女たちも綺麗にしているようだが、やはり広いために手が回らないらしい。それ以外の家事を頼まれることはあまりないが、時間が余った場合は手伝うこともある。
リビング・ダイニングにキッチン、住人の寝室が一つずつ。バスルームにトイレ、レーサーであるテンオウ様が使うと思しきトレーニング用の部屋と、ピアニストであるカイオウ様がヴァイオリンの練習に使われると思しき防音ルーム。メイオウ様の職業はわからなかったが、書斎らしきものを使っているようだし、ホタルという子に充てられた学習部屋もある。そしてゲストルーム。
部屋だけでもそれなりの数で、さらに一つ一つの部屋が広いから、掃除は二日がかりだ。週に二回来て、主要な部屋は毎回掃除をする。それ以外の部屋は、使っていれば必ず掃除をして、使っていなければ次回に回す。先の通り、守秘義務の厳しさから複数名で担当することもできず、基本的には私ひとりで全てをこなさなければならない。
いつもはそれほど気にしないが、今日は鍵を使って入ったということもあり、なぜか足音を忍ばせてしまう。いや、悪いことをしているわけではないから、そんなことする必要などないことはわかっているのだけれど。
廊下を進んで、真っ先に通るのがリビングの前。ドアを軽くノックして声を掛けてから開けたが、やはり住人はいなかった。住人がいる時間にリビングを掃除するのは埃が立って気になってしまうから、外出している今が掃除をするには都合が良いかもしれない。
そう判断した私は、早速リビングの掃除に取り掛かった。