005. 現代の創作活動者が抱える闇に、少しだけ向き合ってみる
2022.10.16
さて。ここ数回は読書に没頭していて読書記録が続きましたが、そろそろこのnotesの本来の目的である創作に関する内容を書きたいと思っています。
そう思ってあれこれ考えていたんですが、いざ書こうとするとすごく難しくて。自分の思うことを簡潔にわかりやすくまとめるって本当に難しいですね。それが勉強になるから始めようとしたんだけど。どうせ誰が見るでもないので(と言いつつ、たまーに見てくださっている方もいるようでありがとうございます!)深く考えずに書けばいいんですが、かと言ってあまりにつまらない内容でもアレですし(笑)
で、まあ結局今日書こうとしていることも面白いかどうかはわからないのですが、一つ、自分の恥を忍んで「現代の多くの創作活動者が抱えているだろうけど大きな声では言いづらい闇について」書いてみることにしました。
あえて「現代の」と書いたのにも理由があります。
以前notesの001にも書いたように、ここ数十年のうちにオタク活動はずいぶん変化したと思います。以前は個人サイトでそれぞれの創作を発表し、閲覧者はそれを巡っていた。(それ以前のアナログオンリー時代を取り上げると自分では未経験の世界になるので触れませんが)
それが今は、全て一元化されたサービスやSNSにまとめられるように。アカウントを作れば関連する作品を辿るのも投稿するのもとても容易になりました。(たった数十年のことなのでどちらも現代と言えば現代なのですが、今回は差別化したかったのであえてそう表現しています。)
「わ〜便利」……と思ったのも束の間。いざ自分がそこに飛び込んで創作をしてみると、以前の創作活動とは違う余計な感情に悩まされることになりました。
それが、「承認欲求」です。
この言葉自体、創作活動関係なくSNS利用に付きまとうようになったので、もう説明不要かもしれません。同じサイトやSNSに関連する作品が横並びに投稿されていると、どうしても「他人と比べて良い評価をされたい」という感情に苛まれてしまうようになったのです。これは、過去の個人サイトに比べて、作品ひとつひとつに対する数値的な評価や具体的な感想がわかりやすくなったから、というのは言うまでもありません。
もちろん、過去の創作活動中も「評価されたい」「構ってほしい」みたいな感情はありました。むしろ精神的に今より幼かった分、もっとわかりやすく「見て見て私の作品!」って言ってた時期もあったと思います。とは言え、作品自体も大人に比べて拙いのは分かっていたし、今のような数値評価がなかった分、実際の反応が多かれ少なかれ、それほど落ち込んだりはしなかった気がします(若くて周りが見えていなかっただけというのもある)。いい意味で今よりも盲目的に自分が推す世界観だけを見つめて創作が出来た時代でした。
評価されたいという気持ち自体は悪いことではありません。むしろ、きちんとコントロールできていれば、良いモチベーションに繋がります。私もたくさんの評価に助けられて今に至るので。
ただ、その感情に支配されたり、ネガティブな感情として「人よりよく見られたい」とか「あの人よりも優れているはずなのに何故そうならないのか」という思考になってしまうのは問題です。本来、作品そのものやその世界観を楽しむためにやっているはずの行為が、評価ありきのものになってしまい、本末転倒です。
あ、最初から評価を目的にしているならそれでもいいんですよ。むしろ創作物を売りものとしている方は、評価を真っ先に気にしなければならない。私から見ると辛い世界には感じますが、実力を売らなければ生きていけないですから、それを目的とするのはやむなしだと思います。
私はそうではなく、ゆるくぬるく趣味として、そして推しや作品に対する世界に浸かって楽しみたい、ただそれが目的だったので、「あなたの作品、素敵だよ!」という評価はとても嬉しいしモチベーションになりますが、「(他の人と比べて少ないけど)●個のいいねがもらえたよ!」「(自分の作品は見てもらえなかったけど)誰かが別の人の作品を褒めたよ!」なんていうのは、ただのノイズでした。いくつ評価がもらえたか、誰がそれをくれたか、誰が誰を褒めたかなどはどうでもいい(のに気になってしまう)情報だったのです。(私が絵も文も神絵師、神文字書きレベルで、常に誰よりも評価されるほど高いレベルなのであれば気にしなかったかもしれませんが、そうなればまた違う悩みが出るんでしょうね。苦笑)
精神的に元気な時は気にしないようにするのも簡単ですが、そうでない時にうっかりそのノイズが目に入ってしまうと、気にしなくてもいいことが気になり余計にネガティブになる、負のループに入ってしまいます。
そこで私は、なるべく徹底して「数値的な評価」「他人への評価」を見ないようにして過ごすことにしました。Twitterのフォロワーさんがおすすめしていたサードパーティアプリやブラウザのアドオンを使い、いいね数やRT数やフォロー・フォロワー数は非表示に(自分のも他人のもです)。通知も自分へのリプライ以外は無視。他人同士の会話の非表示や、RTの非表示も適宜使ってます。Pixivも、身近なフォロワーさんの更新のお知らせがあれば確認しに行きますが、それ以外でアクセスするときは自分のダッシュボードしか見ません。私があまりTwitterやPixivで「フォロワーさん●人ありがとうございます」「●いいね(ブクマ)ありがとうございます」みたいな具体的な数字を挙げた話をしないのもそこにあります。本当は反応がありがたいと思っているんでお礼をしたい気持ちもありますが、そもそも数字をあまり見ないようにしているのです。
ここまでする? って思われるかもしれませんが、自分がどんなことで落ち込んでしまうのかを知った上で、自分のご機嫌を取る方法や人にご迷惑をかけない方法を自分で理解するのはとても大事なことです。私にとっては数値的な評価や他者への評価がノイズに思えた。
もちろん、他者の評価が上がることは自分の評価が下がることではありませんし、自分がいつなんどきも人の成功が喜べないほどの卑屈な人間だとも思いません。自分が今いる世界で一番になれるほど有能な人間だとも思っていないので「自分だけを褒め称えてちやほやしてほしい!」というほど極端な願いはありません。目指しているのはそこじゃないし、自分の実力はわかっています(笑)
だから自分の気持ちが元気な時は他の人と一緒になって人の作品を褒め称えたいし、その良さを共感したい。他の方の素晴らしい作品を見て、自分の活力にしたい。ただ、そうじゃない時にうっかり卑屈になってしまうのを防ぐために、「元気じゃない時」基準でSNSと付き合うようにしているだけです。
数値的な評価や他者の評価が見えなければ、自分の作品も他人の作品も、作品そのものを楽しみ、自分基準で褒めることができます。Twitterに卑屈でネガティブな構ってちゃん投稿をすることもありません。(構ってちゃんな投稿をすることを否定しているわけじゃないです。ただ私がしたくないだけです。いい年した大人のプライドだと思ってください。笑)うっかり他人への不満や攻撃的な気持ちをオープンにしてしまうこともありません。
この行動が他者への僻みと思われてしまえばそれは仕方のないことです。……いや、認めたくないだけで僻んでるんだろうなぁ、うん(笑)でも好きなことをするのにそういう醜い感情は持ちたくないし、持たなくて済むならその方がいいですよね。これは、多くのオタクの皆さんが地雷ワードをミュートして自己防衛するのと同じように、自分の嫌なものから逃げ、評価に縛られず、純粋に好きなものだけを楽しむ方法を考えた結果なのです。
私が今さらになってこういう個人サイトを立ち上げたのも、暗に評価をまったく受けない場所を求めたから。そしてアクセスがなくてもなんとなく続けていこうとしているのも、実際に作ってみたらこのサイトの存在が想像以上に自分の心に落ち着きをもたらしたから。そう言っても過言じゃないかもしれません(作った時はそこまで意識していなかったですが)。
そう言いながらも、たまーにTwitterの純正WebやPixivの作品一覧を見に行って地雷(=数字)を目にして落ち込んだり、見ないようにしていても気になることはありますよ。人間だもの。他人が褒められているのを見て「いいな〜」と羨んで指を咥えてしまうこともあります。人間だもの(二度目)
でも、自分の弱みを受け入れて、逃げる方法を徹底的に駆使するようになってからだいぶ楽です。こういうのを気にしないくらい精神的に大人になればいいのかな、自分が幼すぎるのがいけないのかな、ともがいていた時期よりも、素直に自分の恥ずかしい一面を認めて逃げる決断をしたほうが余程楽でした(笑)
と言うわけで、ゆるくぬるい創作の世界にいる私は、シンジくんのように「逃げちゃダメだ」と自分に言い聞かせるのではなく、「嫌なものからはさっさと逃げましょう」が鉄則であることを学びました。そして、若干恥ずかしい気持ちはありつつも、自分の気持ちを整理しながらこういう文章を書き、そして曝け出して共感を得たり、自分はこういう人間なのだと見つめて厨二っぽく自嘲するのもたまにはいいだろうと思い、書いてみたのでした。(こういうテーマを作品にされている方もいますから今回の文章も一定数の共感は得られると思うんですが、なにぶんここはアクセス数が少ないのでそもそも読んでもらえるかどうかは怪しいですね。笑)
うーん、創作に関わる内容ではあるけど、創作そのものとはちょっと違う話になりましたね。すみません。まあ、好きに書いてるものだからいいか!
今でこそ自分もSNSの使い方に慣れてきたし、精神的に(十代、二十代よりは余程)成長したのでこう言えるんですが、これがもう少し若かったら辛くて創作そのものから逃げたり意地張って誰かとぶつかったり嫌な思いをさせてしまったりしやしないかと思うので、自分より若い人は大変だなぁと思ったり……(実際そういう方をたまにお見かけするので)
逆に、自分よりも年上の(年齢ではなく精神的に)落ち着いていらっしゃる皆様を見ると、「まだまだ青いな、私」と思ったりします(笑)
いずれにしても、創作をされる皆さんが自分の楽しいスタイルで、心穏やかに創作活動を続けられることを願うばかりです。